イベント

情文カフェ第30回:社会的ネットワークを理解する

2016年2月17日

情報文化学部はいわゆる理系・文系両方の教員が集まっているところですが,それはとりもなおさず多様な領域の相互作用の中で生まれる新たな発見のシーズが隠れていることを意味しています.そのようなシーズを顕在化させること,また話し手,聞き手双方がもっているセレンディピティをも顕在化させることを目指して,開いているカフェが情文カフェです.

原則として第4水曜日18時から,情報文化学部(全学教育棟北側)2階Phononで行っています.参加自由なので気楽にどうぞ.

日時:2016年2月24日(水),18時00分より
場所:情報文化学部棟(全学教育棟北側)2階Phonon

スピーカー:五十嵐 祐 准教授(教育発達科学研究科)
タイトル:社会的ネットワークを理解する

概要:
社会的動物である人間は、つながり、すなわち社会的ネットワークを基盤として集団を構築することで、さまざまな問題に対処してきました。人間は、安心をもたらす同質で閉じたつながりを求める普遍的な「こころ」の性質をもちます。その一方で、個人や社会、集団にとって大きな利益をもたらすのは、「効果性」の高いつながり、すなわち、異質性が高く、新しい機会を提供し、効率的な情報伝達をうながす開かれたつながりです。しかし、こうしたつながりは必ずしもネットワーク内で普遍的にみられるわけではありません。また、効果性の高い社会的ネットワークの構造は、集団の階層化や特定の個人への勢力の集中をもたらし、集団成員の平等や公正をおびやかす可能性もあります。このように、効果性の高いつながりを形成することが、人間のどういった「こころ」の性質に根差しているのかについては、多くの議論が残されています。今回は、他者一般への信頼、自己愛傾向、ネットワーキングの動機づけといった、さまざまな「こころ」の性質が、社会的ネットワークの構造をいかにして規定するのかを紹介します。

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<今回の情文カフェに参加して>

 今日の情文カフェでは、教育発達科学研究科の五十嵐祐先生が話してくださることになった。いつもは情文のスタッフがトークを繰り広げる情文カフェだが、今回のように部局の外のかたがお話しされるのは2度目だとのこと。演題は「社会ネットワークを理解する」。われわれ人間が最も強く注意を引かれるのは、やはり人間の繋がりに関わりのあることだ。どんなお話の展開になるのだろう。
 お話は、人間の社会ネットワークの一般的特性から始まった。まず、三者が繋がった三角形(triad)が、社会ネットワークの基本単位をなすのだそうだ。triadだと、二者間には無かった駆け引きが始まるし、それ自体がミニ社会であるとも言える。それから、社会ネットワークの特徴として、homophily、つまり似たもの同士が繋がりやすい傾向が挙げられるとのこと。このhomophilyは、安心を求める普遍的な「こころ」の性質なのだそうで、似た性質のもの同士が繋がって集団を作れば、なんといっても協力的な行動を行いやすい、という長所がある。ただし、似たもの同士のグループは閉じたネットワークを形成しやすく、脆弱で環境の変化にうまく適応することが出来なかったりするし、イノベーションだってなかなか生まれない(人種の多様性と経済的な成功=繁栄の間には正の相関が認められる、という調査結果があるそうだ)。うまいことに、社会ネットワークには開いたネットワークを指向する特性も、同時に備わっている。この指向性には、「スター」や「ブローカー」などの役割を果たす個人の存在が関わっている。「スター」とは、twitterで言えばfollowerが多く、たくさんの人に繋がっている人のことだ。それから「ブローカー」は仲介者のことで、グループ同士を繋げる人のことだ。これらの役割をになう個人のふるまいの背後には、三角形に閉じずに新たな繋がりを求める心の働きがある。そのおかげで、開かれた社会ネットワークが生み出され、上手に環境へ働きかけて、適応が可能となるのだ。この意味で、開いた社会ネットワークを形成する駆動力となる「こころ」の性質は、効果性(effectance)の動機付け、と言われている。この効果性の動機付けには、主に、1)弱い紐帯(知り合いたい);2)仲介性(繋げたい);3)地位追求(有意に立ちたい)、の3つがあるとされる。頷ける話であるが、社会ネットワークの形成・維持においては、1)の動機で多くの人と繋がろうとする人は、他人からは逆に選ばれない傾向があるのだそうだ(八方美人は嫌われる、と一言で言い表される)。また、こちらはちょっと意外な感じもするが、3)の人は有益なリソースを持つ人と見なされ、将来的な利益を見込まれるので、他人から選ばれる傾向がある。いずれにしても効果性の動機付けによって形成される「開いた」社会ネットワークは、イノベーションの可能性など、閉じた社会ネットワークには無い長所があるのだけれど、集団が階層化されやすかったり、特定の人に勢力が集中したりする、集団として不安定となる、などといった難点もある。だから、開いたネットワークを形成するプロセスを研究することは非常に重要になってくるのだろう。
 五十嵐先生はさらに、人間の「こころ」の性質が、社会ネットワークの構造にどのように影響するのか、という問題について、ご自分の研究成果について話してくださった。まず、「自己愛」について。具体的には、誇大性自己愛傾向の人(自己を価値ある存在と感じ、過度なまでに他者に認めてもらおうとする人)は社会ネットワークにどのような力を及ぼすのか。彼/彼女たちは、魅力的なのだけれど、共感性に乏しく、他者を従え、操作しようとする。他者に対する優越が行動の動機なのだ。こうした人たちは、常に自分の新たなfollowerを欲していて、繋がる相手をころころ変えようとする。このような振る舞いによって、人気が一定期間維持されることもあるけれど、結局のところ、社会ネットワークは不安定化するし、本人は孤立することとなってしまう。次に、「信頼」について。具体的には、他人を信頼する傾向の強い人はどうなのか、という問題。このような人たちは、信頼できる人を見つける能力(=裏を返せば裏切り者をうまく見抜く能力)が高いので、他人となかなか繋がらず、繋がる場合は自分と同じタイプ、つまり他人を信頼する傾向の強い人を選ぶこととなる。この結果、他人を信頼する傾向の強い人同士の閉じたネットワークを作ることとなってしまうのだそうだ。
 最初から最後まで、非常に興味深くお話を聴かせて頂いた。やはり人間は高度に社会的な動物であるわけで、人がどうやって人と繋がり、その結果どんな集団を作るか、という話題には、やはり自然に強い興味が湧いて出てくるようだ。お話の後の質疑応答においては、多くの様々な質問があり、五十嵐先生は一つ一つの質問に丁寧かつスマートに(そして早口に)回答されており、聴いていて大変楽しかった。それらのやり取りの中で特に面白いな、と思ったことの一つは、大規模な調査を行えば、ネットワークの構造から逆に個々のノードに該当する人の「こころ」の性質を推測できるのではないか、というお話だった。「信頼」や「自己愛」や「八方美人」といった、(本記事の筆者の)普段の研究ではなじみの薄い、多分にブラックボックス的な印象のある概念が、先端的なネットワーク科学を一つのベースとして、あるときは説明のための原理として、またある時には説明される対象として用いられる、というのはとても面白いと思った。また、進化的な観点からの質疑で、血縁に基づかない社会を形成する人間以外の動物(最近どんどん見つかっているそうだ)の社会ネットワークと人間の社会ネットワークの間で、本質的に違う点は何だろう?という話題があった。自分以外のエージェントも心を持っていることを理解し、その他者の心に対して共感できること、これは人間固有の性質と言えるのではないか、と五十嵐先生はお答えされていた。そのような人間の性質は、社会ネットワークの形成・維持・変化にどのような影響を持つのだろうか。人間社会の様々な問題や可能性の多くには、言うまでもなく、人間の関係性のネットワークの構造と機能が大きな意味を持つと思われる。基礎的な観点からはもちろんのこと、人間の未来を考えるうえでも、今後ますますホットな展開が予想される研究だと感じられた。
(取材者:青木摂之)

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